東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2178号・昭45年(ネ)415号 判決
二、1.被控訴人と控訴人はいとこどおし(被控訴人の父と控訴人の母が兄妹)であるところ控訴人は武田吉蔵と婚姻し、長女紀久子(昭和一五年一二月六日生れ)を生んだが、吉蔵が戦死し、寡婦となった。一方被控訴人は昭和一一年五月一八日から日本鋼管株式会社に勤務し戦時中は中華民国青島に在勤していたが、戦後引揚げ、昭和二一年三月三一日同会社を退職した。その間、被控訴人は高橋リツと婚姻し、長女節子(昭和一七年三月二三日生れ)が出生したが、リツと離婚し、独身であったところから、昭和二一、二年頃控訴人と内縁の夫婦となり、東京都大田区堤方町(旧町名)において紀久子、節子とともに同居するようになった。当時被控訴人はいわゆるかつぎ屋をしていたが、昭和二二―三年頃大田区中央六丁目一〇〇二番地の借地上に建物を建築し、古着商を始め、二年くらい後に右建物を売り、大田区池上一丁目二三番地八に建物を建築し、そこで呉服商を始めたが、昭和二六年頃右営業に失敗し右建物を売却し、他に間借りして呉服の行商に出ることとなりその後今日まで行商を継続している。被控訴人は、その間、昭和二八年頃、大田区池上三丁目五九二番地(旧池上徳持町九二番地の一)所在の建物を買い受け、控訴人の所有名義とし、控訴人、紀久子、節子、陽子と共に居住し、昭和三一年頃からは控訴人の母高橋ツネも同居するようになったが、昭和三四年頃右建物を売却し、昭和三七年に大田区大森北四丁目一四〇番四宅地五八・二八平方メートルを買い受け、その地上に家屋番号一四〇番四の一木造瓦葺二階建店舗兼居宅一階三九・六六平方メートル、二階三一・四〇平方メートルの建物を建築し、そこに控訴人及び子供らと同居し、青森県方面への行商の傍ら、右建物で呉服商を営み、行商で留守の間は紀久子や節子に店番をさせていた。控訴人はその間昭和三二年九月一三日から昭和三三年二月二六日まで、同年八月二〇日から同年一〇月二四日まで、同年一二月九日から昭和三四年一一月一六日まで、昭和三五年一月五日から同年四月一四日まで、いずれも精神分裂病のため慈雲堂病院に入院した。
2.被控訴人と控訴人の婚姻生活は経済的にかなり苦しい時もあり、被控訴人が行商に出た留守を預る控訴人は三人の子供と母高橋ツネを抱えての世帯のやり繰りや、被控訴人の債権者の賃権取立に対する応待に苦労し、その間昭和三二年頃には債権者から家財道具を差し押えられたこともあり、控訴人は飲み屋の雇われ「ママ」として働いて、生活の足しにしたこともあった。
3.被控訴人と控訴人の夫婦仲は、被控訴人が控訴人以外の女性と特殊な関係を持ったこともあり、一方被控訴人も控訴人の異性関係を疑い、それらが原因で夫婦喧嘩がしばしば起ったものの、昭和三九年頃までは破綻なく経過していたが遅くとも昭和四〇年一一月頃以後は、夫婦の性生活もなくなり、昭和四一年一月早々、激しい夫婦喧嘩が起り、控訴人は家出し、一旦同月三日帰宅した後、同年二月六日控訴人は紀久子と共に被控訴人方を出た。
4.控訴人は同年二月八日被控訴人を相手方として東京家庭裁判所に離婚を求める調停を申し立てた。被控訴人は右調停において控訴人に家に帰るように言ったが、控訴人が応じなかった。そのうちに控訴人は、同年九月精神分裂病が再発し、康済会病院に入院し昭和四二年一月二八日まで入院治療を続けた。その間被控訴人は調停中に合意されたところに従い、調停不調になるまで一か月一万円ずつ控訴人に送金していたが調停不調となった後は送金していない。(その始期がいつかは明らかでない。)右調停は昭和四二年八月末不調となった。
5.長女陽子は昭和四二年四月頃被控訴人の家を出て、控訴人方に同居していたが、進学準備のための便宜を考え、再び被控訴人方へ戻り、控訴人方へも往き来している。
6.被控訴人は右調停が不調となってから後は、控訴人の帰宅を望む気持を失ない、現在では、控訴人との夫婦生活を復活させる意思を完全に失なっている。一方控訴人も、原審当時においてはともかく、現在では、もはや、被控訴人の家に戻り、被控訴人と夫婦生活を復活させる意思を完全に失なっている。
以上の事実が認定でき、右証言及び本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三、右家出の原因について各当事者本人の供述や証人の証言は食い違っており、これを裏付けるに足りる信頼性のある証拠もなく、前認定の事実関係だけでは、控訴人が家出したことにつき一方的に控訴人の側に責めらるべき事由があるとも断定し難いので、前認定のような事情の下で控訴人が家出し被控訴人と別居しているということだけで、ただちに控訴人が悪意で被控訴人を遺棄したものと認めることはできない。他方、控訴人が離婚の意思で家出したことは前事実関係から容易に推測できるし、前記二、4.の事実によると被控訴人は、控訴人の家出後控訴人から申し立てた調停において、控訴人の復帰を求め、調停期間中、控訴人に対し、若干の生活費を仕送りしていたというのであるから、被控訴人が現に控訴人と別居生活をし、調停終了後生活費の仕送りをしていないということだけで、ただちに、被控訴人が悪意で控訴人を遺棄したものと認めることも困難である。しかし、その原因はともあれ、前認定のように、控訴人の家出後既に五年以上も別居生活を続けており、夫婦生活の実体がないこと、双方とも離婚の意思であることを考えると被控訴人にとっても、控訴人にとっても、婚姻を継続し難い重大な事由が存在するものと認めざるをえない。そしてこのような事態を招いたことにつき、被控訴人と控訴人といずれの側に責めらるべき事由があるかにつき、各当事者本人や、各援用の証言中には、各当事者の主張にそう部分があるが、いずれもたやすく信用できないものであり、結局、婚姻を継続し難い重大な事由を招来したことにつき、いずれか一方の側にもっぱら責めらるべき事由があると認めるに足りる的確な証拠はない。なお、前認定の事実関係及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、控訴人は、たびたび精神分裂症で入院しているとはいえ、その都度日常生活に支障がない程度に回復しているものと認められるので、右のような病歴があるということだけで、控訴人が回復の見込のない程度の精神病にかかっていると認めることもできない。してみると、被控訴人も控訴人も、共に、民法第七七〇条第一項第五号により離婚を請求しうるものというべきであるから、被控訴人の離婚請求を認容した原判決は相当であるし、控訴人の当審における反訴請求も理由があり、これを認容すべきものである。
(白石 岡松 川上)